消え行くシンボル 僕たちは見送った

おはこんばんちわ。またひとつ、町が大きく変化を遂げた管理人・なぎです。

1975年(昭和50年)に当時最大の30万tタンカ-建造用クレーンとして建造されて以来、

・・・とは言っても、製造直後に造船ブームが過ぎて2隻位しか製造してないんですが。

我が地元函館港のシンボルとして親しまれてきた函館どっくのゴライアスクレーン。

この度老朽化ということで、解体・撤去されるという非常に残念なこととなりました。

もう、函館と言ったら八幡坂とこのクレーンさえ見せておけばOKって位有名なクレーンで。

常に会社の窓からも拝むことのできるその一際目立つ赤い鉄塔がもう観れなくなるのか。

まるでそこにあって当たり前と思っていただけに、無くなると聞いた時はホントショックでした。

というより、函館歩けばどこでも目に付く存在なだけに消える景色が想像できません。

で、本日撤去作業が始まったわけで、最後にもう一度だけ観ておこう、そう思って家を出て。

ここ最近じゃ珍しく晴れて、クレーンの旅立ちを明るく祝福するかのような感じでした。

案の定こんな昼下がりだと言うのに私と同じことを思ったのか人がかなりいました。

このおくりびと達はそれぞれ何を考え、そして何を思いこの撤去作業を観に来たのでしょうか。

そして作業員らしき人が、吊り上げ準備の完了と3時頃から吊り上げるという事を伝えに来て。

待つこと2時間少々、3時半を過ぎた頃からゆっくり、ゆっくり吊り上げられていきました。

この吊り上げ作業が行われることもそこまで告知されず、セレモニーも送る言葉や音楽も無く。

集まった人が口々に言ってましたが、撤去にも淡々とした作業にも寂しい思いでいっぱいでした。

けれど、町はどんどん変わって行くわけで。CLANNADでも勉強したけど。寂しいけど仕方ない事。

私の当たり前と思ってる風景も、何年も前にはもっと違った風景が会ったんだと思います。

昔の人が当たり前だと思ってたシンボルも、私が平気で知らないことだってたくさんあり。

私のようにこれから先、生まれてくる子たちはクレーンが無い風景を当たり前と見て行くわけで。

そうやって変わっていくことに、やっぱりどうしようもない無情感がありますね。

またひとつ私の記憶にある函館の風景が失くなるのかと思うと、思わず泣けてきそうになる。

本当に何故私はここまで地元を愛してるんだろうと思ったら、やっぱりそこにはCLANNADが。

あれを人生と言っているだけに、本当に私の人生はあの一作品で大きく変わったと言えます。

是非オススメしたいんだけど、やっぱり分かってくれる人が少ないのが本当に残念。

話を戻してどっくの今後ですが、ゴライアスクレーンが無くなることで新しい生命が芽を出し。

これまでクレーンが邪魔で入らなかった大型船の入れるサイズの乾ドックに生まれ変わり。

2011年春ごろから大型船補修用の乾ドックとして活用される(らしい)と言う点では、

函館どっくが元気になっている証拠でもあるので、これはこれで良いことなのかもしれません。

私がこの先もっと大人になった時、函館には2つの大きなクレーンがあったと

そういうことを胸を張って言えるような人になりたいなと、そう思いました。

とりあえずそんな感じ。今日は物凄く らしくない日記になってスミマセンです。

コメント

  1. 壁|A ・)真ん中の方ですか?…

    • いや、端っこの方でヤンキー座りしてカメラ構えてる

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